流石にあれで炎上するとは思わなかったが、後の立ち回りが悪すぎたのかも。ねるねるねるねがきっかけなのは面白すぎる。
自分自身、三宅氏の著書は正直好まないが著者が嫌いな訳ではない。
しかし、著者と著者をイコールで捉える人もいるようで、加えて、そもそも彼女への不満というか、シンプルにうっすら嫌っていた人が多かったのが表に現れたというかで、どうも遅かれ早かれのことだったのかもしれない。
あのゲラから読める範囲だけで推測も含むが、ねるねるねるねの喩えが嵌っていないように思う。嵌っていないというか、古いというか、10数年前の文体というか。今をときめく売れっ子著述家(文芸評論家)がその文体か、とさえ思ってしまう。そもそも、それ以外喩えようのない、隙のない喩え方をしていたら、黒の指摘すら付かなかった(一般的でなかろうが指摘しても仕方がないとして指摘しない)ように思える。
そういう隙が見えた時点で突っ込まれるのは自然だし、自分もそうしている。
そう考えると「喩え」というのは扱いが難しくて、相手の反応が見えない文字で用いるのはリスキーだと思う。(ある「喩え」だけを数ヶ月間考えさせられてから、極力手を出さないようにしている。)
また、いろいろな反応を見ていると、改めて編集者(校正者を含む)の仕事は世間に知られていないのだと思った。広範囲になんとなく、は知られているのだが、詳細ではない。そして、コメントしている著者も同様に、編集者の仕事が見えていない人が多いように感じた。著者もある種のお客様なのでこちらが見える必要はないのだが、見えていないから「本を書いてる方ならそれはわかると思います〜」というような言葉が出てくる訳である。
チャウコン


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